2009年03月01日

第2子 出産記録 〜出産当日〜

産院での夜が来た。心は落ち着いていたので、唯一の願いは、明日のお産に備えて今日だけでもゆっくり眠りたい、ただそれだけだった。
薬を飲んで寝ようとするが、やはり咳に悩まされ眠れない。肋骨も痛いので、寝る体制もままならない。
ナースコールで眠れないと相談すると、咳止めシロップをもってきてくれた。
それでも全然効かず、また夜中の2時くらいにナースコールを押す。
肋骨の痛み止めか、睡眠薬か、何かないですか、と相談した。しかし、鎮痛剤も睡眠薬も赤ちゃんには良くないので、耐えるしかないとやさしく説明される。

そして、私が幾度となくネットで調べて押してた咳止めのツボを押してくれたり、喉に温かいタオルを持ってきてくれたり、お水をもってきてくれたり、加湿を高めるのに濡れたタオルを干してくれたり、背中をさすってくれたり、本当にいたれりつくせりで応対してくれた。

それでも寝れずに4時頃。そういえば、家では旦那と朝早くにゴハンを食べて薬を飲んで1〜2時間寝れてたことを思い出し、ナースコールで5時頃に朝食を持ってきてもらえるように頼んでみた。
臨時に作ってくれた朝食だったけど、美味しいパンとスープを食べて薬を飲む。

・・・それでも眠れず夜が明けてしまった。

出産前夜は一睡もできなかった・・・・

検温があって、旦那がやってきて、そして、促進剤を始める準備へと移っていった。

サラの時は促進剤を始めてから直後には強い陣痛の波が来て、14時15分には産んだので、二人目ということもあって14時前にはもう産んでいるんだろう、と旦那も私も思っていた。
しかし、なかなか来ない強い波。お昼になり、旦那も私も普通にゴハンを食べて、二人で呑気にTVなんて見て結構余裕顔。
15時頃、なんだか定期的に来てた張りもなくなってしまったので、ナースコールで呼んで確認してもらう。
子宮口はまだ3cm、そりゃそうだよなぁ、笑って話せるくらいだから。

16時過ぎ、2つ目の促進剤に入り、先生の痛〜い内診を受けてからは、順調に陣痛が来るようになった。

(そうそう・・・この痛み。確かにこの痛みが大事なんだよな・・・)

そんなことを考えながら、赤ちゃんが旋廻しやすいようにと下半身の力を抜くことに集中する。

だんだん更に痛みが強くなってきた頃、TVの音がうるさいと感じ、旦那にTVを消すようにお願いした。
1分の陣痛、2分の休憩。そんな規則正しい陣痛が繰り返される中、夕飯の時間となる。
今食べるか、後で食べるか聞かれたが、薬を飲んで咳が少しでも治まっている状態でお産に臨みたかったので、食べることを選ぶ。美味しそうなチキンの照り焼きだったけど・・・・ほとんど食べられず。
陣痛と陣痛の合間の2分でベッドから起き上がり、ゴハンを口に運んで、モグモグと食べて飲み込んでは、次の陣痛に備えて寝て待つ。そんなことを繰り返して、なんとか茶碗一杯分のゴハンを食べて、薬を飲んだ。

よし。これで、後は子宮口が10cmまで開くのを待つだけだ。

ゴハンを食べている間にかなり陣痛がきつかったし、サラの時を考えると結構子宮口開いているのでは?と思い、診察してもらうと、9cmまで開いていた。

看護士さん:「一気に進んだね。後は分娩台で頑張ろうか」と移動することになる。

歩きつつ、止まって陣痛に耐えつつを繰り返し、やっと着いた分娩台。咳が出る度に肋骨も痛い。
でも、いよいよ・・・もうすぐなんだね。

ちょっと分娩台の上で待っていると、立会いのために着替えた旦那がやってきた。割ぽう着のような服に帽子にマスク、まるで執刀医のような本格的な装いで登場した旦那にかなりウケつつ、陣痛と戦う。

サラの出産の時は子宮口が10cmに開いて、かなり産む為にイキミたい感じがしてるのに、そこから30分も待たされたので、同じ陣痛の痛みでもイキめる痛みとそうでない痛みの違いは嫌というほど覚えていた。

助産師さん:「イキみたくなったら、教えてくださいね〜」

そう言われているものの、まだイキむ感じの痛みはこない。ひたすら陣痛の痛みに耐える。
ちょっと・・・その耐えるのに疲れた感じもしてきたので・・・・

JOJO:「一度、イキんでみてもいいですか?」

と聞いてみた。

助産師さん:「イキみたくなった?そう?じゃ、一度やってみようか」

陣痛の波に合わせて、分娩台のレバーをつかみ、「んーーーー!!」とイキむ私。しかし、なんか産める気がしない。やっぱまだ早かったか!?(肋骨の痛みもあって恐る恐るイキんでました)

助産師さん:「ん〜〜・・・ 押し出そうという力が伝わってこないのよね・・・・。もう少し、また後かな?」

やっぱりか。

助産師さん:「じゃ、またイキみたくなったらナースコールで教えてくださいね。」

そういって、隣でやってるお産の方に行ってしまった。

が。

すぐ次の陣痛の波は、まさしく”あの痛み”だった。一度イキんだから、赤ちゃんも頑張って出る気になったのかな!?

ああ、イキみたい!!どうしよう。

急いで旦那にナースコールでイキみたくなった旨を伝えてもらう。

助産師さん:「もうイキみたくなったの?じゃぁ、やってみよう。」

二度目のイキみ。

助産師さん:「うんうん。いいね。じゃぁ、準備しようか。」

陣痛の波に合わせて何度かイキむ。汗が出てきた。旦那は横で汗を拭いたりしてくれた。ここ数週間、咳の為、お産の知識を復習する余裕もなく、サラの時はあんなに練習したヒッヒッフーなどの呼吸法も完全に忘れていた。しかし、なんどかイキむうちにだんだんと記憶が蘇る。
(イキみとイキみの間には赤ちゃんに酸素送らなきゃ。)
(目はしっかりと開けるんだったな)
(産む方向が大事だから・・・)
(背中をしっかりと分娩台に押し付けて・・・)
(オナカを見るんだよな)

何度イキんだだろう?助産師さんが、もう少し、イキめるかな?と言ったので、陣痛の波は過ぎていたのだけど、最後のひとふんばり、「んーーーー!!」とイキむ。

すると、

助産師さん:「もうイキまないで、はっはっしてくださーい」

との一言。

あぁ・・・頭が出たんだ・・・と思った。

そして、ハッハッハッと呼吸しているとまたあのズルっという感触と共に「ホギャァ ホギャァ」と泣き声が聞こえてきた。

生まれたんだね・・・・。赤ちゃん。生まれたてのまま、まだ羊水もついている状態で、私の胸の上におかれた。

あったかーーーーーーーーーーーい。

胸の上におかれた赤ちゃんは、スヤスヤとすぐに寝入ってしまった。

かわいい寝顔。そして、まだ鼻が小さいためにフゴフゴというイビキをかいている。あんまりイビキがすごいので、

JOJO:「そんなにイビキばかりかいてると(イビキにちなんで)”いぶきちゃん”とかに名前しちゃうぞー」

なんて言って旦那と笑った。

生まれてきてくれて、ありがとう。横で見守ってくれた旦那に、とりあげてくれた助産師さんに、家で待っているサラに、サラを診てくれていた両親に、生まれるのをずっと気にしてくれていた旦那の両親や親戚の方々に、みんなに感謝の気持ちでいっぱいだった。

1時間半ほどカンガルーケアをして、赤ちゃんとは一度バイバイになる。

人間ってすごいな、って思ったのは、あんなに出てた咳が出産前後30分くらいの一時間ほど、全く出なかったこと。大きく深呼吸なんてとても考えられなかったくらいなのに、赤ちゃんに酸素を送るためにいっぱい呼吸しても、コホとも出なかったのだ。カンガルーケアが始まって30分くらいして久々に出た咳で、久々に咳のことを思い出したくらいだった。また、肋骨の痛みも出産中はほとんど感じなかったかも。本当によくできてます、人間の体って。

しかし、部屋に戻るまでの間に自分の体が相当疲れきっていることを思い知らされた。サラの時は比較的元気だったのだけど、今回は本当に歩けませんでした。肋骨は痛いし、なんだかとっても眠いし、体中に力は入らなくて、歩こうとすると、足はガクガクするし、で。横になっても、どうにもこうにも肋骨が痛くて寝ポジが見つからない。極度の疲れで思考能力も低下・・・・してたかも。こんなに体がボロボロな状態になったのも人生で初めてでした。

でも、赤ちゃんに会えた喜びは本当に本当に何にも変えられない充実感をもたらしてくれました。

名前は響きは旦那に一任して、レイナに決定。

レイナ、ダディにサラにマミィがあなたの家族だよ。大事に大事に育てるからね。
posted by JOJO at 15:31| Comment(0) | 次女 レイナのこと
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