第2子 出産記録 ~退院そして結果が出て〜
月曜日。昨夜は久しぶりにまとまって眠れた。5時間も起きずに寝たなんて2週間半ぶり!薬が効いてきているのかな?少し咳も峠を越したように思われる。肋骨は相変わらず痛いけれど・・・咳が少し治まれば寝れることが分かった。まとまって眠れると少し元気が沸いて、物事も前向きに考えられるようになっていた。
朝から退院の為の準備をしていると、8時過ぎに、旦那とサラが登場だ。9時に退院手続きを取り、看護士たちに「引き続き娘を宜しくお願いします」と頭を下げて、退院した。
レイナのいない退院。やっぱりなんだか寂しいし、不自然な感じがしたけど、そうも言ってられない。悪いのは私の咳なのだから。
そして、レイナと別々の生活が始まった。
産後は安静に、というけれど、家に帰ってきたら安心の為か、どっと疲れが出て産院にいた時以上に体の疲れを感じた。旦那に全ての家事を任せ、とりあえず横になる。眠い時に眠る事が出来る幸せを感じつつ休息をとった。
今日やらなきゃいけないこと。それは、検査結果を少しでも早く教えてもらえるように呼吸器内科の病院にお願いすることだった。
呼吸器内科に電話して、赤ちゃんを預けっぱなしになっているという事情を説明し、木曜日の診療で聞くことになっている検査結果の内容を早めに聞けないか、旦那にお願いしてもらった。
我が家が知りたかったことは、ただ一つ。
私が百日咳もしくはマイコプラズマにかかっているのか、そうでないか
だけだった。その結果次第では、すぐにでもレイナをお迎えに行けるのだから。
しかし、電話にて血液検査の結果を伝えることは診療行為にあたり、問題があるとのこと。いろいろ根回しをして、呼吸器内科から産院へ血液検査のFAXをしてくれることになり、私は産院からその結果を聞くということになった。(産院と呼吸器内科の先生の間では、既に紹介状やお手紙、電話にて連絡を取り合ってました)
火曜日の夕方には結果が出ると分かった。そして、産院にその旨を伝えるとお産がたて込んでいるので夜には連絡を頂けることになった。
私の中では既に「百日咳ではありませんでした」というシナリオが出来上がっていて、水曜にはお迎えに行けるんだ、と思うと天気も良かったし、レイナのお布団を干したり、軽く掃除したり、レイナを迎える為の準備をなんとなくしてみたりしていた。
(明日にはお迎えいけて、抱っこできるんだ~)
そして迎えた夜。夜ゴハンを食べていると電話がなった。旦那がそれを取る。
(きた!!きっと産院からの電話だろう!)
旦那:「はい。・・・・はい。」
旦那:「なるほど・・・・」
(え?なんで、ちょっと暗い声なんだろう?結果クリアだったいう連絡でしょ?)
旦那:「それでは、引き続き娘を宜しくお願いします。」
(引き続き・・・って、ちょっと待って?どういうこと?)
全然頭が回らない。
電話を切った旦那に「なんだって?」とたずねた。
旦那:「JOJOは百日咳だったみたいだよ」
旦那:「血液検査の抗体の値がかなり高かったみたいだから、間違いないだろうって」
・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!
(百日咳だった?私が?)
(この咳の原因は百日咳?)
(って・・・・・レイナ。カンガルーケアしちゃったのに・・・・・)
(旦那も・・・サラも・・・・両親も・・・・旦那のお母さんも!)
(私・・・・・みんなに移しちゃってるんじゃない?)
(産婦人科でお世話になった看護士さんたちに迷惑かけちゃった・・・・・!!!!)
(私・・・後誰と接触しちゃったっけ???みんなに連絡しなきゃ・・・・)
全然予想してなかった展開に、もう完全頭はパニック状態。
何すればいい?まず何からすればいい?
涙があふれてあふれて、自分のかけてしまった迷惑を考えると、もうどうしていいのか分からなくなってしまった。
それでも旦那に慰められ、まず自分のしなきゃいけないことを一生懸命考えて、すぐに薬をもらえる病院を当たってみた。
しかし、今はも火曜の夜、そして水曜は建国記念日ということもあり、やっている病院もないに等しかった。
一番初めに受診した呼吸器内科の先生に連絡を取ると、
・発症してなければ、薬はそんなに急いで飲む必要はないこと
・潜伏期間中でも、薬を飲めば菌は死滅するということ
・菌が死滅させるにはクラリシッドという薬を1週間きっちり飲むこと
・念のために近い家族には薬を飲んでもらうこと
等が指示された。
家族は・・・大人だし、サラも飲める薬があるみたいだし、きっと大丈夫だろう。
でも・・・・レイナは?レイナに万が一移っていたら?
触れたのは1時間半ほど、うち咳が出てたのは30分、そして咳が出始めてすぐに私はマスクをした。レイナに直接咳がかからないようにもしてたつもりだ。
きっと大丈夫、そう信じたいけど、、、、本当に大丈夫?
心が押しつぶされそうだった。
私の咳が良くなってきたのは、プレドニンというアレルギーを抑える薬が効いていたのではなく、”念の為”に飲み始めたクラリシッドという薬が効いていたのだ。自分の勘違い・思い違いが本当に憎らしく、「明日にはレイナをお迎えにいけるかも」楽観的に考えていた自分が本当に嫌になった。
私は先週の木曜の夜から薬を飲み始めたので、今週の木曜日には百日咳による咳は残るものの、感染力のない状態になっていた。咳の回数も一週間前に比べたら激減し、50分の1くらいまでになっていた。自分の病気の回復を感じるようになっていた。
2日ほど経つと、気持ちも少し落ち着いて物事を少し冷静に、そして前向きに考えられるようになった。
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どこからか、百日咳の菌をもらってしまって、それに感染してしまったことはしょうがない。
そして、それがこの臨月という時期になってしまったことも仕方ない。
その最悪な状態の中でも、最良の選択と思える出来事が2つあった。
それは、先週の木曜日、待ち時間が長い中、どんなに待っても、先に呼吸器内科を受診することを変えなかったことだ。
もし、先に産婦人科に行っていたら、破水してたので、そのまま入院になっていただろう。そうすると、私は「百日咳かも」という呼吸器内科の先生の言葉を聞かずして入院したことになる。そっちの方が恐ろしい。きっと私は(アレルギーの咳がなかなか治らないなぁ)と思いながら、レイナをずっと傍においてお世話してただろうから。
そしてもう一つは、「もしかしたら百日咳かも」の可能性を重要視して、どんなに抱っこしたくても、検査結果が出るまでは、レイナに触れないことを決めたことである。
最悪の中でも、出来る限りの最良の選択が出来ているのだから・・・・きっとレイナは運の強い子で、百日咳にはかかってない、大丈夫!と思えるようになってきたのだった。
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木曜日に呼吸器内科を再診し、百日咳の検査結果を見せてもらった。東浜株という百日咳菌の値が160倍以上、山口株も40倍とのことで、間違いなしの百日咳であった。
先生:「咳が治まったんだったら、良かった。もう次回の予約はとらなくていいですよ」
私は、「先生があのタイミングで百日咳を疑ってもらって本当に良かったです」と告げた。
その言葉に先生はにっこり。あぁ、この先生に診てもらえて良かったとまた更に思えた。
さて、残された問題はただ一つ。レイナをいつお迎えにいくか、である。私にはもう感染能力はない。心配なのは旦那・そしてサラだが、多少の咳と鼻水が百日咳なのかどうかは検討がつかない。でも、薬は飲み始めていたので、来週の木曜には完全にいるかいないか分からないが菌は死滅するだろう。
安全策をとれば・・・来週の木曜にお迎えなんだけど・・・・長いよなぁ・・・・
「いつ」がいいと決定打を出せない私にレイナを取り上げてくれた先生がお話しをしてくれた。
「確かにここにいれば、赤ちゃんは安全でしょう。でも、どの新生児も退院した瞬間から外気にさらされ、いろんなウィルスの危険にあっているのも事実です。「おめでとう」とお祝いに来てくれたお友達が実はインフルエンザの菌を運んできたということだってあるかもしれない。今はそんな見えない架空の心配をするよりも、私は医師として母と子が離れいることの方が問題だと思います。親子の絆を深める一番大切な時期だからこそ、早い方がいいのでは」
とのことだった。
その言葉に・・・私の心は決まった。
百日咳、菌、ウィルス・・・・随分とこの言葉に臆病になっていた気がする。でも、先生のおっしゃる通りだ。
私に感染力のなくなった今こそ、レイナと一緒にいなくてどうするのだ?
そんなわけで、旦那と相談し、土曜日に迎えに来ることが決まったのだった。
ここで、私の百日咳にかかった状態での出産記録はひとまずおしまいにしよう。
レイナが無事退院し、2週間が過ぎた。親子4人で揃って一緒にいられる幸せをいつも忘れずに、大事に育てていきたいと思う。
Posted by JOJO at 17:42