出産記録
お産の始まりのタイプには3つある。
おしるし・陣痛・破水だ。
(破水から始まるお産だけはやだなー)と思っていたにも関わらず、6月7日朝、まさに破水から始まった私のお産。
とはいうものの、実際破水してみると「ついに来るべき時がきたのか」と気持ちは落ち着いていた。
人間、覚悟が決まっていると冷静に行動できるものらしい。
破水から始まったと思ったのだが、その後おしるしと陣痛も確認。これは間違いない。オナカの我が子に間もなく会える時がやってきた。
病院に入院したものの、高位破水(羊膜の上の方から破水した)だった為、陣痛はあるものの痛みを伴なっていなかった。イキむには痛みを伴う陣痛の波に乗らなければいけない。
本格的な陣痛がなかなか来ないのでその日の夜は病院にお泊まり、せっかく猛ダッシュで会社からかけつけてくれた旦那も家に帰されることになった。
とはいうものの、破水から始まった場合、胎児への細菌感染を防ぐ為に48時間以内には生まなければいけないことは決まっていた。
(今日会うのは無理だったけど、明日には会えるんだね。)
そんなことを考えながら陣痛室で過ごしていると2人ほどお産が入った。
分娩室の様子がよく聞こえる。明日の我が身である。
産婦:「う”んーーーーー!!・・・もう駄目ですぅー」
助産師:「何言ってるの、あなたが頑張らないでどうするの!」
(がんばれーー。痛いのねー。)
(あんな腹の底からの声が出るもんなんだ・・・)
(でも、赤ちゃんともうすぐ会えるから、ファイトだ!)
陰ながら応援する。
助産師:「ほら、今陣痛の並が来た!さぁ、いきんで!」
医師・助産師・まわりのスタッフ:「せーのっ!んーーーーーーーー!!」
(すごい・・・5、6人がかりだ。分娩台に上がれば、みんなが支えてくれてるんだー。)
助産師:「もういきまないで良いのよ。ハッハッって呼吸して」
医師・助産師・まわりのスタッフ:「ほら、はっはっはっはっはっはっ・・・」
大勢で口を揃えてハッハッハッハッという呼吸をしているのが聞こえて来た。
助産師:「・・・私たちだけがハッハッしてもしょうがないの、あなたがハッハッしなきゃ!」
(・・・プッ)
(しまった、笑うところじゃない。明日の我が身だってば)
お産の数だけドラマがあるんだろうなぁ、私は一体どんなお産になるのだろう?
明けた翌日。旦那が朝7時に来てくれた。体調は至って普通。強いて言えば、ちょろちょろと出てくる羊水が気になる感じ。
9時に院長先生の内診の後、しばらくしてから本格的な陣痛がやってきた。
あぁ、陣痛ってやっぱり痛いんだ、と思った。
一時間くらい経って内診してもらうと子宮口は1.5cmから3cmになっていた。
(え?こんなに痛いのにまだたったの3cmー??)
子宮口全開の10cmまでほど遠い。軽くショックを受けるものの、次の助産師さんの言葉で私の腹は決まった。
助産師:「赤ちゃんが背中の方に回ろうとしてるよ、今45度くらい回っているかな?頑張って」
あぁ、オナカの子も生まれてこようと必死に頑張っているんだね。具体的に赤ちゃんの様子がイメージできたお陰で、そこからはひたすら陣痛の波がやってくる度にオナカの子が回りやすいように、狭い狭い産道を少しでも進んで来やすいように、どんなに痛くても下半身の力を抜くことだけに専念した。はっきりいって、すごく痛い。骨盤が開かれていくのが分かる。きっとここが踏ん張り時だ。頭の中ではずっと、出ようとしている赤ちゃんの動きを妨げないように・・・と考えていた。
その間、旦那もすごくよくサポートしてくれたと思う。さすったり、声かけしてくれたり、あんなに練習したラマーズ法の呼吸を私ができなくなった時に、リードしてくれたり、お水のませてくれたり。
そうそう。「お産の進み方」という産院で渡された資料の中に陣痛の合間に眠くなるって書いてあって、「それはウソだろー。激痛の途中でなんで眠くなるわけ?」と半信半疑だったのに、実際に本当に眠くなって自分でもびっくりした。
陣痛室でウーンウーンと陣痛をこらえていたのは私を含めて4人。用意されている分娩台は2台。
(全員が重なったらどうするんだろう?)
陣痛と陣痛の合間に寝ながらそんな心配をしてみた。
助産師さんも先生もみんな私のお産は夕方頃になるだろうと考えていたみたい(後から聞いた話)。
なので、私がラマーズ法でもいきみ逃しが難しくなってきて
「もう限界、勝手にいきんじゃう!!いきんじゃうよー。誰か呼んでー!!」と旦那に助けを呼ぶようお願いした13時頃、スタッフの誰もが「そんなはずはない、まだまだなはず」と思っていたらしい。
助産師さん:「JOJOさん、陣痛は痛くて当たり前なのよー」
分かってるよ、そんなことー!
でも、もうまじ限界な気がする。オナカの子が生まれたがってる気がするんだもん。
助産師さん:「どれどれ診てみようか・・・ん?んんん??」
(どうなんですか?んん?って何?)
(これでまだ5cmとかだったら先が思いやられるなー。だってマジ痛みもイキミ逃しも限界だよ・・・)
そして助産師さんが口を開いた。
助産師さん:「よく頑張ったね、JOJOさん。子宮口全開だよ。分娩室用意してくるね!」
あー。やっぱ全開だったんだー。もう会えるんだ、オナカの子に。
と安心したのに、そっからが長かった。
分娩台を用意して来るって言ってくれたのに、なかなか呼ばれないのだ。
いきみ逃しできなくなったからワラにもすがる思いで呼んだのに。
もう産んでも良い状態なのに。
陣痛の波が来るたびにいきみたくていきみたくて勝手に下腹部と足に力が入る。
やだやだ、いきんじゃうよ、誰かなんとかしてー。
と思った時、急に体が楽になった。
「旦那さん、奥さんのここをこれで押してあげて!」
「ここ」とは肛門で「これ」とはテニスボールだった。
いきみたい時にテニスボールで押されると不思議といきみたい欲が軽減された。それからは、陣痛の波が来るたびに旦那に
「今押して!もっと!もっと強く!」
「上!」
「少し下!」
「・・・今なら、力緩めてもいいよ・・・」
「あー!また押して!早く!もっと強く!もっと!もっと!」
・
・
・
の繰り返しだ。私もすごく大変だったけど、旦那もすごく頑張ってくれてるのがよく分かった。だって、20分もそんなことやってたら、最後の方、手がぶるぶる震えているのが分かったもん。
後から聞いた話、テニスボールが4、5cmにつぶれるくらい、押していたらしい。
夫婦で乗り越えた(?)分娩台待ちの辛く長い時間が過ぎ、「さ、分娩台へどうぞ」の声がかかる。
やっとだー。やっといきめるんだー。
いきんで良いっていうことがこんなに嬉しい事だとは思わなかった。
分娩台に上がってから分かったんだけど、隣の分娩室でもいきんでいるし、私の前にも分娩が埋まっていたので、案じてた通り、分娩台の取り合い状態だったらしい。
私のいきみ方は上手だったようで、(マタニティビクスでイメトレしてた効果あり?)、いきみ始めると、助産師さんに何度も
「上手よー。その調子!」と褒められる。
褒められて嬉しいんだけど、隣の分娩室の方が手がかかる感じだったのか、医師・助産師・スタッフみんなあっちの部屋に行ってしまった。
こちらの分娩室には旦那と私の2人だけ。
いきみたくなったら、旦那が背中を支えながら一緒に呼吸をしてくれる。「んーーーー!」といきむ。
声が出そうになると、「声だしちゃ駄目!」と旦那がサポートしてくれた。
そして陣痛と陣痛の合間には大きく深呼吸を何度もして、赤ちゃんに酸素をいっぱい送ってあげられるように努める。いきんでいる間はへその緒を通して赤ちゃんに酸素がいかないからだ。不思議と、いきみといきみの間は冷静で、旦那と話をする余裕さえあった。
私:「っていうか、誰も来ないね・・・(お産って)こんなもん?」
旦那:「ねー。きっとJOJOが上手だからだよ。一緒に頑張ろう?」
褒められたやり方で何度かいきんでいると、助産師さん登場。
助産師:「そうそう。上手よー。もう頭が見え隠れしてるわよー。」
そう言って出て行った。
え、それだけ??
そしてまたいきむこと数回。
今度は先生登場。
先生:「おーい、こっちもう産まれそうだぞー。こっちが先だぞー」
そのかけ声1つで助産師とスタッフがバタバタと集まって来た。
(あぁ、もうすぐ産まれるんだ・・・)
(っていうか、こんなに人いたんだ・・・)
そして最後のいきみの瞬間がやってきた。焼け付くような痛みを感じた(と思う)。
助産師:「頭出たよ、ハッハッして(←発露の呼吸という)」
ハッハッハッハッと力まないように、いきまないように呼吸をする。
ズルッズルッとオナカから赤ちゃんが出て行くのを感じた。
不思議な感覚だった。
助産師:「ほら、目をあけて前見て。」
そこには生まれたての赤ちゃんがホギャアホギャアと泣いていた。
あぁ、生まれてきたんだね。・・・サラちゃん。
君が1mmにも満たない頃からずーっと見守って来たんだよ。
私がママだよ。これから宜しくね。
私がサラに触れた後、続いて旦那もサラに触れた。
旦那が
「髪の毛がブルーブラックみたいな色で奇麗で神秘的だった」って言っていたのが、すごく印象に残った。
出産でマタニティ生活には幕を閉じるけど、子育ては始まったばかり。
これからも家族3人で仲良く過ごしていこう。
出産の痛みは忘れるってよく言うけど、本当にそうだなと思う。
本格的な陣痛が始まって4時間半。長かったような短かったような。でも、すごく貴重な大事な時間。
サラ、生まれて来てくれてありがとう。
Posted by JOJO at 15:01