唾石症 入院日記
まず、私が手術する原因となった唾石について書こうかな。
唾石について
唾石は出来た位置や大きさによっては、自然に体内から出てしまうこともある。
また、出なくても、口の浅い所にあれば、口内法で比較的簡単に取り除くことのできる手術で済む。(部分麻酔+日帰り)
唾石が出来ると、唾液腺のの中で唾石がつまって、唾液の通りが悪くなり、結果として唾液を作っている顎下腺が腫れるという症状が起きる。
私の唾石の位置は深い所にあった。初め、「どう深い」のかよく分からなかったが、右奥歯の内側の歯茎のさらに奥の下にあったのだ。歯茎の奥と舌の付け根みたいな位置だろうか。
ここの位置の唾石だと、外から顎下腺ごと取るのが通常らしい。なぜなら、そんな口の奥にあるので、視界も狭いし、メスで切ったり、傷口を縫ったり、という作業が困難だからだ。
手術までに通院した3回の診療の間、お医者さんからは外からの手術を勧められてはいたものの、顎の下に4~5cmの傷がつくということと、顔面神経の一部が顎下腺付近に通っているので、一時的な唇の端がしびれる、ということと、自分の体の一部がなくなるということに妙に抵抗を覚えて、中からの手術を希望していた。
中からの手術の場合でも、舌が邪魔になる為、全身麻酔でということが前提だ。
そんな中、周囲の勧めもあり、セカンドオピニオンということで、私がとても信頼している口腔外科の佐藤先生(池袋の弥生歯科)の診断も伺いにいった。基本的には、慈恵の先生の説明と同じような感じだった。それでも30分近く話す中で、視野が狭い中で手術することのリスクや、外から切って傷が気になるようだったら、その傷を取る整形手術という方法も考えられる、というようなお話(もっともっと詳しく聞いたんだけど)から、
「外でもいいかな(しょうがないかな)」
という気持ちに変わっていったのだった。
そして最後に佐藤先生は
「なんでも疑問に思ったことはためずに聞きなさい。なんでも聞くことによって、わだかまりが消えて、そして医師と患者の間で信頼関係が生まれて、そこで良い手術というのができるのだから。頑張ってね。」と言ってくれた。
慈恵でのの4回目の診療で、「外からでも良いです」と言った私に、
先生は
「みんな(今まで私を見てくれた耳鼻咽喉科の先生たち)で、どっちからがいいか検討しているんだよ」
というような話と、その他にも今までもたくさん聞いてきた内容なんだけど、もう一度両方の危険性やその後について話してくださった。
そして、もう一度私の口の中の唾石の位置をさわり、「中から出来ないこともなさそうだな・・・」と。
その時出た結論が
「とりあえず中から試してみて、無理そうだったらすぐに閉じて外から取る」ということだった。
最悪の場合は中にも外にも傷が付く。痛みもかなりのものになるだろう。
しかし、もし運がよければ、中からのみで手術が終わる。
これは言ってみれば、カケである。
慈恵医大の先生たちは、よく話を聞いてくれて、分かりやすく話をしてくれたし、毎回違う先生に診療してもらって、その先生たちの目で見て今までの経験から判断してくれた手術方法が最良なんだと思えて、最終的にこういった。
「どちらからでも結構です。先生達にお任せします。宜しくお願いします。」
手術前に同意した合併症
・口内法の場合・・・唾石摘出術
出血・疼痛・感染・がま腫・顎下腺の腫れ・舌の動き不良・口内炎・舌の違和感
・外切開の場合・・・顎下腺摘出術
出血・疼痛・感染・顔面神経麻痺(口角のしびれ)、舌の動き不良
~ここから入院日記~
そんなわけで、入院初日は外泊ですっかり普通の生活となった。
日曜日(入院2日目)。
全身麻酔の為、今夜21時からは絶飲食となる。
この世の別れとは程遠いんだけど、何か、何か・・・・美味しいものを食べなければという気になる。
退院が月曜と宣言されていたので、早めに選挙に行って、そのまま地元の駅でランチをしようとしたのだが。
そこそこ美味しいラーメン屋さんは暖簾が出てなく、駅前のジョナサンに行こうとしたら、不審者(放浪者)が店の前でくつろいでいたので近寄れず、最近できた居酒屋はランチはやってなくて結局・・・・マクドナルドならぬスーパーの横に小さく店舗として入ったミニマックでハンバーガーをパクつくことになる。
出来ればもう少し・・・豪華なものが食べたかったよ。(マック好きだからいいんだけどね)
さて電車に揺られて30分。13時前に病院に到着だ。到着したものの、特にすることないので、雑誌を読んだり、昼寝をしたり、テレビを見たり。旦那も一緒なので、入院というより、なんだか家でくつろいでる感じ。
夕飯そして麻酔準備薬
病院の夜は早い。18時夕食、21時消灯。21時消灯って・・・いくらなんでも早すぎだよ~。今時の子供でさえ、もっと遅くまで起きてるのでは?
夕食に運ばれてきたものは、見た目は「少なっ」と思ってしまう量のものだった。でも全身麻酔をやる関係上、明日の朝には腸の中を空っぽにしなければならないらしく、消化の良さそうなものばかりが並んでる。
見た目には少ないのに、カロリーだけはしっかりあって、ファミレスの定食の方がもっと豪華でカロリー少なくない!?と思わされてしまうのだった。
20時頃、旦那は家に帰り、一人になってボケッとしてるとあっという間に21時になった。看護婦さんが「麻酔準備薬(よく眠れる薬)」と「腸の動きを活発にする薬(いわゆるお通じ薬)」をくれた。いよいよ・・・始まるんだ、といった感じ。
この薬を飲んだら、緊張の為か、薬がきいたのか、はたまた暗示にかかったのか、すぐに寝てしまった。
明日は・・・全身麻酔だぁ~。(手術、口の中からかな・・・・それとも首に傷ができちゃうのかな・・・)
月曜日(手術当日)
朝6時。看護婦さんがそーっと「おはようございます~」と私の病室のカーテンを開ける。そう。ついに恐怖の浣腸タイムがやってきたのだ。昨日飲んだ錠剤と浣腸によってすべてオナカの中を綺麗にしないといけないらしい。しかし、昨日飲んだ麻酔準備薬のせいか、頭は少しもうろうとしていて、あれほど嫌だと思ってた時間をなんなくクリアする。
3分~5分くらい我慢してからトイレに行って下さい。と言われたものの、
私は1分でギブアップ。昨夜の錠剤も効いてか、きっとオナカの中は空っぽになったに違いない。
ザーっと流して病室に戻り、ナースコールで看護婦さんを呼ぶ。
「全部・・出ました」と言う私に、
「あれ?流しちゃいました?」と看護婦さん。
どうやら、どれくらい出たか、看護婦さんが確認するんだったみたい。頭ボケボケしててちょっと話を半分に聞いてしまっていたみたい。
「結構出ました?」という看護婦さんに対し、「それはもう(かなり)」と私。
じゃ、大丈夫ですね。と看護婦さんは去っていった。良かった、怒られなくて。
その後、また「麻酔準備薬」なるものを服用する。人によってはこの薬で寝てしまって、病室から手術室に向かうことさえ気が付かない人もいるのだという。私は・・・どうなるのだろうか??
半現実的な状態の中、旦那がやってきた。
「大丈夫?体調はどう?」そんなことを聞かれた感じで、私は心配をかけまいとなるべく明るく振舞った。
看護婦さんが持ってきてくれた手術着に着替え、下着、アクセサリーは全てはずし、もちろん化粧もしない状態で手術に臨む。
(後から旦那に聞いた話だと、この時の私とはもう会話が成り立たなかったらしい。なんでも意味不明な言葉を言っていたらしい。)
8時過ぎ、ベッドに横たわり、手術室に行く準備が整った。「怖い」とか「ついにきた」とかそんな感情は一切なかった。どっちかっていうと、「あ~旦那の顔だ~」とか「運ばれてるから手術室に向かっているんだな~きっと。」とか、結構見たものがそのまま気持ちを支配している感じ。
ベッドごと入るエレベーターには一般人は入れないので、旦那とはここでお別れだ(だったはず)。次に記憶が残っているのは、手術室についてから。
いっぱい、オペ用の衣装(よくTVドラマの手術のシーンに出てくる感じで、頭にはオペ用シャンプーキャップがついていた)をつけたスタッフがたくさんいる。部屋の様子とかは覚えてないけど、天井は白かったような?
意識がモウロウとしている状態で、いろんな人の顔が見える。
(あ、執刀医の先生だ)
(あ、麻酔の先生だ)
看護婦さんか誰かに、「JOJOさんですね?」名前の確認をされる。
「はい。」
(ま、間違いがないように、腕に名前の入ったネーム札をつけてるのだけど。)
手術室の中の誰か(多分麻酔の先生):「じゃ、ちょっと腕に麻酔をしますよ~ちくっとしますからね」
私:「はい。」
手術室の中の誰か(多分看護婦さん):「ちょっと頭をあげてください。髪が邪魔にならないように帽子かぶせますからね」
私:「はい。」
もっと、いろんなものを見たいのに、面倒くさくなってきた。意識が本当にもうろうとして、判断するのもままならない。
問いかけてくる人の声は聞こえてるし、返事したいんだけど、目もあけてるつもりなのにぼんやりとしか見えない。
・・・・・
ここで、私の手術前の記憶は途絶えた。
次に聞こえてきたのは、
「JOJOさーん、聞こえますか~?」
「聞こえたら手を握ってください~」
と必死に声をかけてくる人の声だった。
何がなんだか分からないけど、手を握れというので、握り返す。
なんどかそのやりとりが続いた後、
「JOJOさーん、呼吸をしっかり自分でしてください~」
呼吸?呼吸って意識してするもんだっけ??
と思いながらも深呼吸をしてみる。
「JOJOさーん、その調子です。呼吸を続けてしてください~」
続けて・・って私また呼吸するの忘れてたのかな?
熟睡してた所を無理やりに、本当に無理やり起こされた感じで揺さぶり続けないと
寝てしまうような・・・そんな感じだったらしい。
しばらくして、私が正常に呼吸ができるようになったのを見計らって、病室に戻された。
しかし、私の記憶は飛んでいる。(寝てたのかな?)
病室に運び込まれようとした時、ふとまた意識が戻った。
あ、旦那だ。あ、旦那の両親もいる。みんな来てくれたんだぁ~
心配かけて悪いな~。私は元気だよ~
と手を振った。(←つもりなだけで、旦那曰く、ぐったりしてたらしい)
激しい焼け付くような喉の痛みで目が覚めた。鼻の奥が痛い。喉がつばも飲み込めないほど、ヒリヒリとする。
「の・ど・が・い・た・い」
そう近くにいた人(=旦那)に訴えた。
久しぶりに出した声は掠れていた。
全身麻酔をすると、呼吸を自分では出来なくなるため、気道に直接管を入れる必要があり、そのために炎症を起こしているんだそうだ。
眠いのと、だるいのと、頭がくらくらするのと、喉の痛みがひどいので、数時間を過ごす。途中看護婦さんに痛み止めの座薬をもらってからは、少し傷みは和らいだ。
鼻水は黄色、タンも黄色、それに出てくるも全て粘りが強い、のどに絡みやすい形状のもの。
ところで、私の手術は結局どうなったんだろう?
「中からの手術で石が取れましたよ。外は切ってませんよ」
と知ったのは随分後のことだったように思う。
そう聞いて、自分の右顎を触ってみた。
切れてなーい。(←ヒゲソリの宣伝風)
覚悟はしてたんだけど、外に傷ができなかったことを有難く思った。そして、石が無事に取れたことに対して、執刀医の吉村先生と、麻酔科の先生にすごく、すごく感謝した。
それにしても少しショックだったのは、気が付いたら小水の管が入っていたこと。全身麻酔後はベッド上で安静なので、トイレも行っちゃいけないということでしょうがないんだけど、あれってすごいのね。おしっこに行きたくならないのよ。気がついたら出てるというか。初め、その管を使ってのおしっこの仕方が分からなくて、看護婦さんに
「トイレに行きたくなったらトイレに行った時のようにおしっこすれば良いのですか?」
と聞いたら、
「気にしなくても、もう出てますよ」(軽くウィンク)
ということだった。
ほぇー。これは失禁扱いにはならないんだ?
手の甲には点滴もついていた。
手術した一日は絶飲食な為、栄養は点滴から取る。1回3時間はかかる大きい黄色の点滴を3回と、抗生剤の入った30分ほどの点滴を2回した。
点滴で栄養を取ってるからなのか・・・不思議とオナカはすかない。
トイレにもいきたくならない。
でも、私は生きている。
酸素マスクまでつけて、結構な重病人風なのに、先生の一言に思わず耳を疑った。
「明後日、退院で良いですよ」
火曜日(入院3日目)
喉の焼け付く痛みは大分引いた。しかし、相変わらず咳・タン・鼻水がひどい。
風邪ではないけど、ひどい時の風邪の症状に近い。声も相変わらず枯れているし。
今日から久々にゴハン。朝食は五分がゆだった。口から食べ物を入れられる、と思っただけでうれしい。そうそう、小水の管も朝型抜いてもらった。もう自分の力でトイレも行けるんだ!
「いっただっきまーす」と傷口を気にしながらも、スプーンにお粥を乗せて一口。
ズキンと口と喉に痛みが走った。
イターイ。
普段気が付かないけど、口の中って大分複雑な動きをしてるみたいで、その動きによって傷口が広がる感じがするので、ご飯なんて食べれたものじゃない。
でも、私のやった手術は唾液腺を切ってその中から石を取り出したので、唾液腺がつまらないように、唾液をたくさん出してやる必要がある。痛くても、ゆっくりと頑張って食べなくては。
これでもかというオチョボ口で必死にお粥を食べる。ゴハンのかすが口の中のあちこちに行くのは日常茶飯事。しかし、舌は歯の裏やはぐきの裏のまでもカバーし、歯の間に詰まった繊維物以外は大抵上手にかき集め、食道、そして胃袋へと送り込む。
この当たり前の舌の動きができないのは辛い。
今の私には左上の奥歯の裏タッチなんていう芸当はとてもじゃないけど無理。(今やってみたら、右奥歯の裏も触れなかった。)
ま、そんなわけで、食が進まないままに朝食が終わる。
9時に処置室に行って傷口を見てもらうと、
「うんうん、傷口綺麗だね」と満足そうな先生。
ものの1分で診察終り。
午前中は寝たり、本読んだりだったけど、どうにもなんだけ気分がすぐれない。
お昼ごはんも数口食べただけ。なんだか頭も痛いし・・・・
午後はお昼寝。3時間くらい寝ると、頭痛いのは治っていた。
少しオナカが空いた気もしたので、旦那に「コンビニでなんか買ってきたら?」と提案し、二人で病室から夜景を見ながら夕食タイム。(一体なにやってんだか・・・)
でも、案の定、モグモグが痛いので、7割ほど食べてギブアップ。
そうそう、この日にアメリカのじゅじゅママからの「励ましカード」と、代表して大きなお花を持ってきてくれたKさんからのプレゼントにホント励まされたな~。
連日に渡り、メールしてきてくれたお友達もありがとう☆
病院内では電源を切ってて、ほんの数分しか電波つなげなかったけど、メールを見てすっごい元気になったよ。
入院5日目(水曜日)
いきなり朝から食パン(ライ麦パンらしきもの)2枚も出た。
パン・・・出たから食べていいんだろうけど、結構パンの固さも痛い感じ。1枚でギブアップ。もっと食べたいのにぃ~。
今日退院なので、早々と荷物をまとめてくつろいでいると、看護婦さんが「退院早くて良かったですね」と声をかけてくれた。
やっぱり外からの顎下腺摘出手術ではなく、中から石のみを取る方法だったからなんだろうなぁ。こんなに早く退院できるのは。口の中で縫われた糸も溶ける糸らしいので抜糸の必要がない。後は、化膿しないように、そして傷が治る際に唾液腺が収縮して詰まってしまわないように祈るだけだ。
9時半頃、義母のJちゃんが病室にやってきてくれた。法事で九州に帰っている実母が来られないので、一緒に退院の手続きをした後、家まで一緒に来てくれた。
入院代は13万ほど、あっけなく支払いも済んでいざおうちへ。
家の玄関に入ると、なんとスヌーピーが出迎えてくれた。旦那さん、お気遣いありがとう。
なんかみんなにいっぱい励まされて、心配かけて、そしてお世話になっちゃったな。
これからはまたちょっとずつ恩返ししていかなきゃだね。
今の所、呼吸確保による喉の痛みと、傷口の痛み以外は、手術前に合併症として懸念されたものは見当たらない。
東京慈恵医大の耳鼻咽喉科の先生方、本当にありがとうございました。
唾石症関連エントリー
▼リンパの腫れの原因は(2005/7/6)
http://jojolog.twinkly-net.com/archives/2005/07/06/daseki.html
▼唾石症という病気(2005/7/7)
http://jojolog.twinkly-net.com/archives/2005/07/07/daseki2.html
Posted by JOJO at 18:53